「前立腺がん、肺がん、大腸がんと共存していこう」
〜私の前立腺がん、肺がん、大腸がんの“闘病記”〜
がん(癌) 恐れるな(うろたえるな) 但し侮るな!
がんで余命3ヶ月の宣告を受けたにも関わらず、現在は夫婦で沖縄旅行へ行けるようになりました。
自己紹介
名前 : 中尾のりお
福岡県行橋市にある薬局の次男として生まれましたが、薬学校に行けず会社員を34年間務めました。
今は定年退職して自宅で自由に暮らしています。
当年とって66歳を迎えています。
趣味は食べることとゴルフくらいで、あまりこれといってありません。
孫の面倒を見、残りの余生を楽しむ普通のおじいさんになりつつあります。
小さな。親切運動とライオンズクラブに所属して、町の美化運動に参加しています。
入院中にお見舞いに来ていただいた方に、余命3ヶ月と宣告されたときの顔と現在の顔について「顔が変わったね〜」とか「血色が良くなったよ」とか「あの時は言われなかったけど、もう中尾さんは、だめだと思っていたよ。しかし今は元気になったね〜」とか言われるので「そうか、」と思いその時の写真を比べてみました。
改めてこうやって見ると、自分でもなるほどなぁ〜と思います。
- 【2005年10月】
先祖の墓参りにて。顔が青白くげっそりしています。 
- 【2006年2月】
夫婦での沖縄旅行にて。顔がふっくらして生気がでています。 
実家について
実家のほうは古くからの薬局で、ちょうど開業して100年目を迎えました。
自分の妻が3代目を継ぎ、今は息子が4代目として家業を継いでいます。
そのHPはこちらになります。見てやってください。
なんとか、うまくやってくれているようで自分としては、出番はあまりありません。ただ家族仲良くやってくれているのが、これ幸いです。

この写真(左)は、薬局のトレードマークにしている写真で、昭和15年位の写真です。
白衣を着た男性が私の父の薬剤師 中尾昌輔で、このあとビルマに従軍薬剤官として出征し、残念ながら42歳でビルマ(現ミャンマー)で戦死しました。
私と兄が小さく後ろのほうに写っています。
自分の父よりはるかに長く生きてしまっていて、自分の実家が薬局であるということを含め、先祖によって生かされているのだということを、常々感じています。
