「前立腺がん、肺がん、大腸がんと共存していこう」
〜私の前立腺がん、肺がん、大腸がんの“闘病記”〜
がん(癌) 恐れるな(うろたえるな) 但し侮るな!
がんで余命3ヶ月の宣告を受けたにも関わらず、現在は夫婦で沖縄旅行へ行けるようになりました。
平成16年 肺がん発見
- 平成16年9月13日
- CT及び超音波の検査ではっきりした影が見えないかグレーゾーンの為、北九州にて今話題のPET画像診断を受診。最新設備で癌の発見の確率が高いとのこと。CEAも上昇してきたので、直腸癌再発を発見することを考えた。
- 平成16年9月13日
- PET−CT所見
- 「左肺下葉S6の腫癌にFDGの異常集積が認められる。原発生肺癌、肺転移の何れの可能性あり。CTに依る評価との事。
- 平成16年10月5日
- 胸部単純CTの検査報告書→詳細は報告書参照
- 左肺下葉S6に2.8cm大の結節を認めます。大部分はスリガラス影で、一部に吸収値の高い部分が混在しています。
形態から「原発性肺癌を疑います。」との事。さらに不安になったのである。 -
このPET検査の結果をもとに呼吸器内科部長○○医師を紹介されCTの結果、原発性肺癌ステージ1との事で手術を示唆された。
私も禁煙は41才より23年間行ってまいり、まさか・・・との事で息子の人脈のつながりを求め、セカンドオピニオンにK大学、N教授の診断を願い出た。
- 同日、「原発が前立腺癌じゃないのか?」ということでさらに紹介していただきK大泌尿器科教授にも見て頂いたが、前立腺癌に関してはまったく異常ないとのこと。どうも石灰化しているらしい。
- 「K大で肺癌の手術をするか?」と言われたが、地元の医療センターで手術すると言い、呼吸器科部長への手紙を頂いた。
- 息子からは「この肺癌は転移も見られないし、Iの動かないタイプだろうから、手術しなくてほっとけば?」と反対されていたが、気持ちが悪いので肺癌手術をすることに決めた。
- 翌日担当医のN先生のもとに行き、その手紙を差し出し、北九州医療センターで肺癌手術することとする。
肺癌は手術で取り切れる幸い左肺の左下葉2ヶ所に固まっているので、かくせい出来るとの事。
- 平成16年11月5日(水)
- 入院。
- 執刀医T部長。
- 平成16年11月10日〜12日(金)
- 手術後、ICU室へ。
- 平成16年11月12日(金)AM
- 病室へ。
昼3分、おかゆ食をとる
- 平成16年11月13〜15日
- 食欲が全く無く、体調も悪くて気分が悪い。
また、下痢が続いている。
- 平成16年11月16日(火)
- 肺のトレーニングを抜粋。
- 平成16年11月18日
- ステージIBであった。2.8cmと1.0cmこの2ヶ所。高分化型癌、幸いリンパ節転移なし。
- 家族はT医師より肺癌の手術説明を受ける。まずまず一安心。
- T医師談。肺癌患者の内
(注訳)
- 肺癌患者の内タバコを吸われる人は先ず気管支等にガン細胞が散って居る為、手術をしても余命率は非常に低い為、手術を行わないで抗癌剤治療が一番の治療方法の事。
- 肺癌の術後、前においても今迄の実績から見て抗癌剤の効力は非常に少ない。
- 肺癌の手術後は傷口より痛みが1〜2年続き特に気候の変り目等には特に顕著になるとの事。又、男性は女性に較べて痛みに非常に弱いとの事である。
- 平成16年17〜23日
- レントゲン撮影―11月22日再び。
上記の影響か体のダレと熱少々37.3〜5分が毎日続き、食欲なし。
不眠のため抗不安剤を服用。 - 食欲不振で顔色が悪いと家族から指摘されていたころ、「食欲不振と下痢が何日も続いているのは点滴のせいではないか?」と息子からの指摘があり、看護士と医師の同意を取り付け、点滴を中止していただき、息子からもらった健康食品を飲んでいたところ、ほどなく無事に体力を回復した。
- 平成16年11月26日
- 退院。
- 平成16年 年末年始
- もう過ごせるのが少ないお正月を塚原温泉で、家族で過ごし、孫の1歳の誕生日を無事祝い、ゆっくりした正月を過ごした。
癌が気になるも、体調は悪くない。
- 平成17年4月16日
- よりによって、またも最悪な体験をすることとなった・・・。
